【2020年民法改正】債権譲渡④―債権譲渡と相殺【勉強ノート】

改正のポイント

 新法では,債権譲渡と相殺の論点に関し,いわゆる無制限説を採用し,それを明文化する改正が行われ,
❶債務者が,受働債権の譲渡について債務者対抗要件が具備されるよりも前に,譲渡人に対して債権を取得していた場合
に加え,債務者対抗要件具備後に債務者が譲渡人に対する債権を取得した場合であっても,
❷当該債権が,債務者対抗要件具備の時点よりも前の原因に基づいて生じていた場合
❸債務者が取得した譲渡人に対する債権が,債務者対抗要件具備後の原因に基づいて生じていた場合であっても,受働債権の発生原因である契約に基づいて生じたものである場合
には,債務者による相殺が認められ,債務者の相殺期待が厚く保護されています。

債権譲渡と相殺

旧法 新法
規定なし

【469条】(債権の譲渡における相殺権)
1項:債務者は,対抗要件具備時より前に取得した譲渡人に対する債権による相殺をもって譲受人に対抗することができる。

2項:債務者が対抗要件具備時より後に取得した譲渡人に対する債権であっても,その債権が次に掲げるものであるときは,前項と同様とする。ただし,債務者が対抗要件具備時より後に他人の債権を取得したときは,この限りでない。
一 対抗要件具備時より前の原因に基づいて生じた債権
二 前号に掲げるもののほか,譲受人の取得した債権の発生原因である契約に基づいて生じた債権

3項:第四百六十六条第四項の場合における前二項の規定の適用については,これらの規定中「対抗要件具備時」とあるのは,「第四百六十六条第四項の相当の期間を経過した時」とし,第四百六十六条の三の場合におけるこれらの規定の適用については,これらの規定中「対抗要件具備時」とあるのは,「第四百六十六条の三の規定により同条の譲受人から供託の請求を受けた時」とする。

債権譲渡対抗要件具備前の自働債権取得

 新法では,旧法下での一般的な解釈(無制限説)に従い,債務者が,受働債権の譲渡について債務者対抗要件が具備されるよりも前に,譲渡人に対して債権を取得しておれば,これを自働債権として相殺をすることができ,かつ,それぞれの債権の弁済期の先後も問わないことが明らかにされました(新法§469Ⅰ)。

〔新法§469Ⅰに基づき相殺可能な場合〕
  • 債務者:譲渡人に対する自働債権の発生・取得

    自働債権の弁済期と受働債権の弁済期の到来不要

  • 受働債権(譲渡人→債務者)の債権譲渡に係る対抗要件具備

  • 相殺OK

債権譲渡対抗要件具備後の自働債権取得

 さらに,(債務者対抗要件具備以前に債務者が自働債権を取得していた場合に限らず,)譲受人が債務者対抗要件を具備した時点よりも後に,債務者が譲渡人に対する債権を取得した場合であっても,次の2つの場合には,当該債権を自働債権として相殺をすることができるとされています(新法§469Ⅱ)。

  • 債務者が取得した譲渡人に対する債権が,受働債権の譲渡について対抗要件を具備した時点よりも前の原因に基づいて生じていた場合(新法§469Ⅱ①)
  • 債務者が取得した譲渡人に対する債権が,受働債権の譲渡について対抗要件を具備した時点よりも後の原因に基づいて生じていた場合であっても,受働債権の発生原因である契約に基づいて生じたものである場合(新法§469Ⅱ②)

 以下では,それぞれの意味について説明を加えていきます。

新法§469Ⅱ①―「対抗要件具備時より前の原因に基づいて生じた債権」

 債務者が取得した譲渡人に対する債権を債務者が取得したのが,受働債権の譲渡について対抗要件を具備した時点より後であっても,その譲渡人に対する債権が対抗要件具備時点よりも前の原因に基づいて生じておれば,当該債権を自働債権として相殺をすることを認めているのは,債務者対抗要件の具備の時点で債権の発生原因が生じておれば,債務者に相殺の期待が既に生じているのが通常であり,実際に債権が発生する時点と債務者対抗要件具備の時点のどちらが先行するかは偶然の事情に左右されることが多いからなどと説明されています。

 「前の原因」の意義については,現時点では明瞭ではなく,これからの判例実務の集積に期待されますが,相殺禁止の例外を定める破産§72Ⅱ②の「前に生じた原因」の解釈が参考になるかもしれません。

破産§72Ⅱ②

 破産者に対して債務を負担する者は,次に掲げる場合には,相殺をすることができない。
一 破産手続開始後に他人の破産債権を取得したとき。
二 支払不能になった後に破産債権を取得した場合であって,その取得の当時,支払不能であったことを知っていたとき。
三 支払の停止があった後に破産債権を取得した場合であって,その取得の当時,支払の停止があったことを知っていたとき。ただし,当該支払の停止があった時において支払不能でなかったときは,この限りでない。
四 破産手続開始の申立てがあった後に破産債権を取得した場合であって,その取得の当時,破産手続開始の申立てがあったことを知っていたとき。
2 前項第二号から第四号までの規定は,これらの規定に規定する破産債権の取得が次の各号に掲げる原因のいずれかに基づく場合には,適用しない。
一 (省略)
二 支払不能であったこと又は支払の停止若しくは破産手続開始の申立てがあったことを破産者に対して債務を負担する者が知った時より前に生じた原因
三・四 (省略)

 破産§72Ⅱ②は,相殺禁止の要件が満たされる時期以前に相殺の基礎が存在していた場合には,債務者に相殺の担保的機能に対する正当な信頼が生じているため,その期待を保護しようというものです。

 債務者の相殺期待の保護という意味では,新法§469Ⅱ①と破産§72Ⅱ②は似た制度といえます。

 そして,破産§72Ⅱ②の「前に生じた原因」は,前述の同号の趣旨に鑑み,具体的な相殺の期待を生じさせる程度に直接的なものであることをいうものと一般に解されています。

 新法§469Ⅱ①の「前の原因」については,この解釈を借用することができるかもしれません。

新法§469Ⅱ②―「前号に掲げるもののほか,譲受人の取得した債権の発生原因である契約に基づいて生じた債権」

 債務者が取得した譲渡人に対する債権が,受働債権の譲渡について対抗要件を具備した時点よりも後の原因に基づいて生じていた場合であっても,受働債権の発生原因である契約に基づいて生じておれば,その譲渡人に対する債権を自働債権として相殺をすることを認めているのは,同一の契約から生じた債権債務については,特に相殺の期待が強いからだと説明されています。

 そして,新法§469Ⅱ②にいう「前号に掲げるもののほか,譲受人の取得した債権の発生原因である契約に基づいて生じた債権」とは,譲渡人の債務者に対する将来債権が譲渡され,債務者対抗要件が具備された後に,その債権の発生原因となる契約が譲渡人と債務者との間で実際に締結され,さらにその後に債務者がその契約に基づいて譲渡人に対して取得した債権のことをいいます。

 その具体例としては,将来債権の譲渡について債務者対抗要件が具備された後に,当該将来債権を発生させる売買契約が締結された場合において,売却された製品に契約の内容に適合しない不具合があったことを理由とする担保責任としての損害賠償請求権(新法§564・§415)が挙げられています。

新法§469Ⅲ,新法§466の3に関する読み替え

新法 旧法
規定なし 【469条】(再掲)
1項・2項:(省略)
3項:第四百六十六条第四項の場合における前二項の規定の適用については,これらの規定中「対抗要件具備時」とあるのは,「第四百六十六条第四項の相当の期間を経過した時」とし,第四百六十六条の三の場合におけるこれらの規定の適用については,これらの規定中「対抗要件具備時」とあるのは,「第四百六十六条の三の規定により同条の譲受人から供託の請求を受けた時」とする。

 以下,読替え部分に傍線を引いています。

〔新法§469Ⅲ〕§466Ⅳの適用場面における新法§469Ⅰ,Ⅱ

【第469条】(債権の譲渡における相殺権)
 債務者は,第四百六十六条第四項の相当の期間を経過した時より前に取得した譲渡人に対する債権による相殺をもって譲受人に対抗することができる。
   債務者が第四百六十六条第四項の相当の期間を経過した時より後に取得した譲渡人に対する債権であっても,その債権が次に掲げるものであるときは,前項と同様とする。ただし,債務者が第四百六十六条第四項の相当の期間を経過した時より後に他人の債権を取得したときは,この限りでない。
 第四百六十六条第四項の相当の期間を経過した時より前の原因に基づいて生じた債権
 前号に掲げるもののほか、譲受人の取得した債権の発生原因である契約に基づいて生じた債権

【第466条】(債権の譲渡性)
 債権は,譲り渡すことができる。ただし,その性質がこれを許さないときは,この限りでない。
 当事者が債権の譲渡を禁止し,又は制限する旨の意思表示(以下「譲渡制限の意思表示」という。)をしたときであっても,債権の譲渡は,その効力を妨げられない。
 前項に規定する場合には,譲渡制限の意思表示がされたことを知り,又は重大な過失によって知らなかった譲受人その他の第三者に対しては,債務者は,その債務の履行を拒むことができ,かつ,譲渡人に対する弁済その他の債務を消滅させる事由をもってその第三者に対抗することができる。
 前項の規定は,債務者が債務を履行しない場合において,同項に規定する第三者が相当の期間を定めて譲渡人への履行の催告をし,その期間内に履行がないときは,その債務者については,適用しない。

〔新法§469Ⅲ〕§466の3の適用場面における新法§469Ⅰ,Ⅱ

【第469条】(債権の譲渡における相殺権)
 債務者は,第四百六十六条の三の規定により同条の譲受人から供託の請求を受けた時より前に取得した譲渡人に対する債権による相殺をもって譲受人に対抗することができる。
   債務者が第四百六十六条の三の規定により同条の譲受人から供託の請求を受けた時より後に取得した譲渡人に対する債権であっても,その債権が次に掲げるものであるときは,前項と同様とする。ただし,債務者が第四百六十六条の三の規定により同条の譲受人から供託の請求を受けた時より後に他人の債権を取得したときは,この限りでない。
 第四百六十六条の三の規定により同条の譲受人から供託の請求を受けた時より前の原因に基づいて生じた債権
 前号に掲げるもののほか、譲受人の取得した債権の発生原因である契約に基づいて生じた債権

【第466条の3】
前条第一項に規定する場合において,譲渡人について破産手続開始の決定があったときは,譲受人(同項の債権の全額を譲り受けた者であって,その債権の譲渡を債務者その他の第三者に対抗することができるものに限る。)は,譲渡制限の意思表示がされたことを知り,又は重大な過失によって知らなかったときであっても,債務者にその債権の全額に相当する金銭を債務の履行地の供託所に供託させることができる。この場合においては,同条第二項及び第三項の規定を準用する。

確認問題〔債権譲渡と相殺〕

新法に基づいて回答してください!(全3問)

なお,相殺の一般的要件は充足しているものとします。

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