開示文書内で前科等を記載された者がナガホリ社に対し名誉毀損・プライバシー侵害を理由として行った損害賠償請求を棄却した裁判例(東京地判令和5年7月7日)

事案の概要

 東京地判令和5年7月7日の事案の概要は次のとおりです。

  • 原告は、平成19年10月11日、旧証券取引法違反(風説の流布)の罪により逮捕され、平成21年11月18日、東京高等裁判所で懲役2年6月、追徴金約15億5810万円の判決を宣告され、その後、同判決が確定したことから服役し、平成22年8月に出所した。
  • リ・ジェネレーション社は、令和4年4月14日、関東財務局長に対し、被告会社(株式会社ナガホリ)の株式につき、金商法27条の23第1項に基づく大量保有報告書及び金商法27条の25第1項に基づく大量保有報告書に係る変更報告書を提出した。さらに、翌15日にも、同財務局長に対し同項に基づく同変更報告書を提出した。これらの報告書によれば、リ・ジェネレーション社は、同年3月15日から同年4月8日にかけて、相当数の被告会社の株式を市場内で取得したものとされていた。
  • Bは、令和4年4月5日から同月15日にかけて、関東財務局長に対し、被告会社の株式につき、金商法27条の23第1項若しくは第3項又は金商法27条の25第1項若しくは第3項に基づく大量保有報告書、その変更報告書及びこれらの訂正報告書を提出した。これらの報告書によれば、Bは、同年2月17日から同年4月12日にかけて、相当数の被告会社の株式を市場内で取得したものとされていた。 
  • 被告会社は、上記のリ・ジェネレーション社による報告書の提出により、リ・ジェネレーション社が被告会社の筆頭株主及び主要株主(金商法163条1項)になったものと認識した。
  • 被告会社のホームページに掲載された、令和4年4月15日から同年5月9日にかけて複数回行われた被告会社からの質問とこれに対するリ・ジェネレーション社からの回答に関する開示文書の中で、原告の実名とともに上記前科等に関する事実が摘示された。具体的には、次のような記載があった。
    ・「当該シスウェーブ株式の大量取得について、2007年に東京地方検察庁特捜部に(当時の)証券取引法違反(風説の流布)容疑で逮捕された旨報道されたX氏(筆者注:原告)が関与している旨、また、当該取得資金の資金源が実質的には反社会的勢力である旨等の報道が、Access Journal誌によって、2012年になされています。」(「本件記述1」)
    ・「当社及び当職らにて調査を継続した結果、再質問状で指摘した貴社によるシスウェーブ株式の大量取得についてのX氏の関与の他にも、以下の事実が判明しております。」(「本件記述2-1」)
    ・「燦キャピタルについても、X氏が第三者の名義を利用して実質的に投資をしている旨の報道が、Access Journal誌によって、2017年になされているところです。」(「本件記述2-2」)
    ・「X氏については、2007年10月11日に東京地方検察庁特捜部が旧証券取引法違反(風説の流布)で逮捕し、その後有罪判決を受けており」(「本件記述3」)
  • これに対し、原告は、名誉が毀損されるとともにプライバシーが侵害された旨主張し、被告会社に対し、不法行為に基づき、330万円及びこれに対する最後の不法行為日とする令和4年5月9日から支払済みまで民法所定の年3%の割合による遅延損害金の支払を求めた。

判旨

 上記事案について、裁判所は次のように判示して原告の請求を棄却しました。

(1) 社会的評価を低下させる事実摘示の有無及び社会的評価の低下の有無

 「原告は、本件記述1及び2につき、「原告が、実質的には反社会的勢力を資金源とするシスウェーブ株式の大量取得に関与していた」という事実(原告主張摘示事実)を摘示するものであるなどと主張する。」

【本件記述1】

 「本件記述1は、被告において、リ・ジェネレーションによる株式の大量保有報告書等の提出により初めて、リ・ジェネレーションが被告の筆頭株主及び主要株主になったことを認識したことを受け、リ・ジェネレーションにその意図等を確認するやり取りの中で記載されたものである。そして、被告は、上場会社であり、株主を含む投資家その他の市場関係者に対する情報公開に十全を期すことが期待されており、上記やり取りが本件ウェブページに掲載された趣旨も、そのような期待に被告として応えるためであったと認めることができるところ、本件ウェブページを閲覧する一般の読者においても、上記趣旨は容易に認識することができるものと認められる。

 このような事情に加え、本件記述1が、リ・ジェネレーションがシスウェーブの株式を大量に取得したという客観的事実を前提にした上、「上記報道された事実」の真偽を確認することなどを内容とする文章に続いていることをも考慮すれば、本件記述1は、一般の読者の普通の注意と読み方によれば、原告主張摘示事実そのものではなく、その報道がされているという事実を摘示するものと認めることができる。

 原告は、仮に本件記述1が原告主張摘示事実の報道がされているという事実の摘示であるとしても、原告の社会的評価を低下させると主張する。

 しかし、……本件ウェブページに被告とリ・ジェネレーションとのやり取りが掲載された趣旨及びその趣旨を本件ウェブページの一般の読者が容易に認識可能であるという事情を考慮すれば、上記一般の読者は、本件記述1について、そこに記載されたアクセスジャーナルによる報道があるという事実を超えて、当該報道内容が真実であるという印象を抱くとまでは認めることができず、上記報道がされたという本件記述1自体をもって、直ちに原告の社会的評価を低下させるものとまで認めることはできない。」

【本件記述2】

 「本件記述2-1を含む「質問状(4)」も、上記(2)アで説示した被告とリ・ジェネレーションとのやり取りとして本件ウェブページに掲載されたものであり、上記部分については、「再質問状で指摘した」という文言が前提として記載されているものである。そして、「再質問状」の記載では、リ・ジェネレーションによるシスウェーブ株式の大量取得への原告の関与は、アクセスジャーナルの報道内容として摘示されていた……。

 このような事情に加え、「質問状(4)」では、本件記述2の直後に「このように、貴社とX氏との繋がりに関する報道が、時期も、対象とする会社も異にして繰り返されている」という記載があり、ここでは本件記述2-1も報道内容についての記載であることが明記されていることや、」本件記述1に対する説示で「説示した事情をも考慮すれば、本件記述2-1について、本件ウェブページにおいて閲覧する一般の読者の普通の注意と読み方を基準として、原告主張摘示事実の摘示があるものとまで認めることはできず、その報道がされているということが摘示事実であると認めるのが相当である。」

 「本件記述2-2については、」本件記述1に対する説示で説示した事情に加え、上記「指摘の本件記述2直後の記載をも考慮すれば、アクセスジャーナルにおいて報道されていること自体を事実として摘示するものと認められる。

 本件記述2の摘示事実が原告主張摘示事実の報道がされていることであるとしても、原告の社会的評価を低下させるとする原告の主張については、」本件記述1に対する説示「と同様の理由により採用することはできない。」

(2) 本件公表行為の不法行為の成否

 また、裁判所は次のとおり判示して、本件記述1及び3の公表について、原告のプライバシーを侵害したものとして不法行為を構成すると認めることはできないとしました。

 「ある者の前科等に関わる事実が著作物で実名を使用して公表された場合に、その者のその後の生活状況、当該刑事事件それ自体の歴史的又は社会的な意義、その者の事件における当事者としての重要性、その者の社会的活動及びその影響力について、その著作物の目的、性格等に照らした実名使用の意義及び必要性を併せて判断し、上記の前科等に関わる事実を公表されない法的利益がこれを公表する理由に優越するときは、上記の者は、その公表によって被った精神的苦痛の賠償を求めることができると解される(平成6年最判参照)。

 本件記述1及び3が記載された文書は、著作物には当たらないが、上記2(2)ア説示の趣旨で本件ウェブページに掲載されて公表されたものであることを考慮すれば、この公表が不法行為に当たるか否かについても、上記の判断基準に準じて、前科等に関わる事実を公表されない法的利益とこれを公表する理由との比較衡量により判断すべきものと解するのが相当である。」

 「そこで検討すると、……本件刑事事件は、追徴金額の大きさに照らしても、歴史的にも社会的にも重要な意義を有する刑事事件であるといえ、その中で原告の果たした役割の重要性も極めて大きいものといえる。また、……本件前科事実自体は、インターネット上のアクセスジャーナルやベルダの記事中にも繰り返し原告の実名と共に掲載されるなどしており、被告が本件ウェブページに本件前科事実を原告の実名と共に掲載したからといって、原告に実害が生ずるとは認め難く、現に、実害が生じたことについての主張立証はない。

 また、……本件前科事実自体は、現在でも、原告の氏名のみを入力してインターネット上で検索をすれば、本件ウェブページに限らず複数のウェブサイトが表示されて確認することができる状態にあるものである。したがって、本件ウェブページで被告とリ・ジェネレーションとのやり取りを公表するに当たり、仮に本件記述1及び3のうちの原告の氏名部分を匿名化したとしても、その余の内容から原告の氏名を確認することが困難であったとは認められない。

 他方、……アクセスジャーナルやファクタ、ベルダは、有料会員を対象としたり、16年にわたり発行が続いていたりするもので、その記事の内容に照らしても、信用性を一律に否定することができるものとはいえず、被告としては、上記記事の内容につきリ・ジェネレーションに真偽等を確認するとともに、これに関連するやり取りを株主を含む投資家その他の市場関係者に公開して情報を提供する必要性は高かったと認められる。

 こうした事情を考慮すれば、本件記述1及び3による本件前科事実の公表については、原告が実際にリ・ジェネレーション等による被告株式の大量取得に関与しているか否かにかかわらず、これを公表されない法的利益がこれを公表する理由に優越するとは認められないというべきである。」

※ 傍線は筆者による。

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